エメラルドシティでの輝かない生活

シアトル近辺でオットと息子の三人暮らし.子育てと日々の雑感.

20年ぶりに消息がわかった友人

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ネコのサンドバッグ

学生時代、私はかなり真剣にサークル活動をしていました。ものすごく真剣です。

学生時代って、多かれ少なかれ、何かに真剣に取り組みがちですよね。 

 

つい先日、ぼんやり facebook を眺めていたら、すごく懐かしい名前を見つけたんです。大学時代の先輩の書き込みに、彼女の名前がありました。

大学時代のライバルというのか…私が勝手に劣等感を抱いていた同級生の女の子です(女の子…?)。

 

彼女は facebook をやっていないので、その先輩を通して消息を聞きました。確か西の方に住んでいたはずなのに、先輩の住んでいるところは北の方です。先輩の話によると、なぜか旦那さまのお仕事の関係で、近くに住んでいるとのことです。

大学時代の知り合いの近くに住むなんて、なんて幸運!

 

私と彼女は、なかなか微妙な関係だったので、いつの間にか年賀状のやり取りすらなくなり、気づいたら音信不通となっていました。

 

私たちは、しつこいですけど、ものすごく真剣にサークル活動をしていたので、その先輩とも苦楽を共にしてきた戦友みたいな感じです。そして、私と同期の彼女(Sちゃん)ももちろんそうでした。Sちゃんと先輩はおそらくずっと連絡を取り合っていたんでしょう。卒業してすでに20年たった今、彼女の生きている姿、しかもとても幸せそうな姿を見て、胸が熱くなりました。

あの時のあんなこと、こんなことを謝りたい、日本に行って、彼女と朝まで語り合えたら!と思いました。

 

生きていれば、こんな風に消息不明だと思っていた人とも、突然つながることができるようになるんですね。生きていれば、それだけでたくさんの可能性がある。生きてて本当に良かった。

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私は小学生から高校まで、わりと優等生で育ってきました。自分で言うのもナンですが。

でも、そういう子が大学に入ると、自分より圧倒的に優秀な人がわんさかいることに気づかされて、自分の凡人ぶりに絶望するんです。私にとって、大学とはそういうところでした。

 

Sちゃんはとても優秀な人でした。

特に、私が欲しくて欲しくてたまらない、でもどうしても手の届かない圧倒的な才能を、彼女は息をするように自然に出してしまうのです。それが、私の劣等感を煽り続けていました。それは、高校までずっと「優秀」と言われ続けていた自分には大変な屈辱でした。決して彼女が悪いわけではないのだけれど、そしてそれが別に私が欲しいものとは異なる方向の才能であれば、手放しで素晴らしいと言えたはずなのに、残念ながらそうではありませんでした。

 

結局、彼女とはそんなにうまくやっていくことができませんでした。

 

写真の中で笑っている彼女を見て、やっぱり今でも私は彼女に劣等感を持ったままだということに気づいてしまいました。こういう気持ちは、月日がたっても消えないものなのね、と苦笑するしかありません。

でも、今ならあの劣等感と向き合えるんじゃないかと思うんです。

彼女に正直に、あれは私の勝手な劣等感だった、ごめんなさい、と謝れる気がします。

 

日本に帰りたい理由がまた増えました。

 

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