エメラルドシティでの輝かない生活

シアトル近辺でオットと息子の三人暮らし.子育てと日々の雑感.

海外に住む日本人

f:id:brilliant-world:20200919153513j:plain

どこにいても自分は自分

経験しないとわからないことは、もちろんあります。

 

昨日のブログに書いた「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」の中に、「誰かの靴を履いてみること」という章があります。その中で、息子さんがとても印象的なことを言っています。

(シティズンシップ・エデュケーションの授業で)自分とは違う立場の人々や、自分と違う意見を持つ人々の気持ちを想像してみることが大事なんだって。つまり、他人の靴を履いてみること。

「自分と違う意見を持つ人々の気持ちを想像してみる」というのは、とても大事な概念だと思います。同じ意見、同じ境遇の人だけで社会は構成されていないですから。

 

9月頭に出た、パリ在住の雨宮塔子さんの文春インタビューがちょっとバズっていました。

bunshun.jp

 

このツイッターにぶら下がっているメンションが否定的なものばかりでした。

内容的には海外在住邦人なら共感できるところがたくさんあって、別にそこまで批判されるいわれはないんじゃないかと思いました。私もプロフィールにも書いていますが、日本にもアメリカにも違和感を感じていて、アメリカに住む日本人、という立ち位置が一番しっくりくると思っています(そのまんまだけど)。
実際、そう感じている人は多いのではないでしょうか。

 

たぶん、タイトルとリードだけ読んで「キーッ」となっちゃったんだろうと思います。でも、そうやってよく考えもせずに反射的にわざわざ「フランスに帰れ」って書き込む心理がよくわかりません。それこそ閉塞感なんじゃない?と思いました。

 

他人の立場でものを考えてみる、というのはとても難しいことです。