渡米前後のお話です。記憶をたどる作業をしております。
運動会が終わりまして、先生方も心に余裕ができたかな、というところで、担任の先生に面談を申し入れました。転校の話をするためです。
若い女性の先生でしたが、すでに貫禄もあってクラスも統制されていました。息子はアメリカに来てからもそうですが、先生の当たりがすごく良いです。
私「実は、アメリカに引っ越すことになりまして」
先生「ええ、存じております」
!!
ビックリしました…入学時にはビザが取れていなかったので言えなかったのと、取れた後も運動会が控えていて先生方に忘れられると困ると思って、とにかく運動会が終わるまで我慢していたのです。それがすでに知っていたとは…
保育園から連絡が行っていたんでしょうね。当然だと思います。
先生としては、いつになったらこの保護者は話してくるんだろうかとヤキモキしていたんじゃないかと思います。失敗しました。
この時の面談では、転校の手続きについてあれこれ聞いただけで終わりました。日本人学校に通うのであれば、国内の転校と同じで生徒情報の引き継ぎが必要なので場所を知らせる必要があるらしいのですが、現地校なのでその手続きは省略されました。ただ、除籍になるだけです。寂しい。
夏休みに入ってから、もう一回、最後の面談がありました。クラス全員との面談が義務付けられているのでしょうか。
その時に、息子の制作物なども見せてもらいつつお話したのですが、最後に先生にこう言われました。
授業の課題で文章を書かせたんです。夏休みについて。
息子さんは
「お父さんがアメリカの会社に呼ばれたので、アメリカに行くことになりました。行きたくないな。」
と書いていました。
もうダメでした。
先生の前で、ほろほろと泣いてしまいました。先生の困った顔が忘れられません。
息子は意識しているのかどうかわかりませんが、親に本当の気持ちを話すのが苦手です。もしかしたら、ふわっとした感情をどう言葉にしたらいいのかわからないだけなのかもしれません。私が悲しい顔をするのがわかっていて、それを見たくないと何となく思っているのかもしれません。
子供に気を遣わせてしまっていることがわかって、心の底から反省しました。
私も余裕がなかったとはいえ、大人以上に何も事情が分からない、正体不明の「アメリカ」への不安は、息子の方がよっぽど大きかっただろうと思います。
今でも思い出すと、胸がきゅーっとなって、涙が出ます。